Rolex Space Dweller Ref1016「スペースドゥエラー」
Rolex Space Dweller Ref1016「宇宙の住人」って知ってる?【レア・ロレックス③】
ロレックスのエクスプローラーI「Ref1016」はヴィンテージロレックスの入門機としても人気がありますね。
皆さんは同じリファレンスを持つ「スペースドゥエラー」と言うモデルをご存知でしょうか?
見た目はエクスプローラーIにソックリですが、実際はどうなのでしょう?
ロレックスのレアモデル紹介第3弾!
1016 SPACE-DWELLER
1965年 マーキュリーセブンと呼ばれる宇宙飛行士たちがミッションを終え来日しました。
宇宙飛行士として最年長記録を持つ「ジョン・グレン」氏の名前もあります。
マーキュリー・セブン(Mercury Seven)は、アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行「マーキュリー計画」のため、1959年にアメリカ航空宇宙局(NASA)によって選抜された7名の宇宙飛行士である。オリジナル・セブンや第1期宇宙飛行士(Astronaut Group 1)などの呼称が用いられることもある。NASAの20世紀のすべての種類の有人宇宙船(マーキュリー、ジェミニ、アポロ、スペースシャトル)にメンバーのいずれかが搭乗したことがある。
ロレックスは1960年代後半(1969年との記載もあります)頃 Ref1016 エクスプローラーIをベースに「Space Dweller」表記の腕時計を日本市場に投入します。
1965年に来日したマーキュリーセブンを讃えるモデルと言われています。
宇宙飛行士を「偉大なる冒険家」としてエクスプローラーIがベースになったのも頷けますね。
1969年と言えばアポロ11号が月面到達ミッションを完遂した年でもあります。
空前の「宇宙フィーバー」だった当時の日本。
ロレックスの商戦の一環だったのが伺えます。
1ドル360円の頃です。
1964年には東京オリンピックが開催され、カラーテレビも街頭に設置されていました。
テレビで見る宇宙での出来事は高度成長を突き進む日本に強い憧れを持たせることになりました。
世界は冷戦、ベトナム戦争、米ソ宇宙競争、学生運動など様々な時代の転機のなかにありました。
そんな混沌の中、ロレックスは「なぜ日本市場」にだけ「スペースドゥエラー」を投入したのでしょうか?
NASA公式の腕時計と言えば「OMEGA スピードマスター」が有名ですね。
ロレックスの腕時計がNASAのテストに敵わなかったと言う悔しさがあるでしょう。
※OMEGAも採用されていたことを後で知ることになりました。1965年に正式採用となります。
「技術力」を誇示したい腕時計メーカーにとってNASAは格好のアピールポイントになっていたのは想像にに難くありません。
公式採用ではなくとも「記念モデル」として・・・
OMEGA市場ではなく、これからの発展も見込め顧客を増やせそうな日本は良いマーケットだったのではないでしょうか?
開発費もさほどかからない「文字盤」だけを少しいじったモデルとしてスペースドゥエラーは試験的に日本だけに投入されたのだと思われます。
こうしたことから「テスト販売」と言う言葉が1番しっくりきますね。
おそらく1960-1970年には、まだ日本にはロレックスが浸透されてなかったのでしょう。
※一般的には、と表現した方が良いかも知れません。
1953年エベレスト登頂したヒラリー氏がロレックスを着けていたことから「エクスプローラー」が生まれたことを彷彿とさせるネーミングの「スペースドゥエラー」は、宇宙飛行士熱に便乗した広告効果をもたらすハズだったに違いありません。
しかしスペースドゥエラーはロレックスが想定したほどには売れませんでした。
それは期待通りの需要も無く、クオーツの時代に突入します。
Ref1016 エクスプローラーIとの相違点は、文字盤の表記だけの様です。
本来「EXPLORER」と記載がある12時下位置に「SPACE-DWELLER」の記載があります。
やや塗料の質が違うのか変色している文字盤にも色の違いが見受けられます。
もし仮に日本で大ヒットしたらエクスプローラーIの派生モデルとして現在でもスペースドゥエラー・シリーズが展開されていたかも知れません。
何か宇宙っぽい文字盤・・・ブライトリングのコスモノート的な24時間で一周するモデルなどがSPACE-DWELLERの2ndモデルで出ていたら面白かったですね。
日本市場限定と言われていますが・・・。
所謂「日本ロレックス」は1980年までありません。
当時はリーベルマン社が日本の販売代理店に卸していました。
それでは、日本の代理店が販売した実績はあるのでしょうか?
スペースドゥエラーの記載があるカタログや保証書、文献はあまり出回っておりません。
1960年代後半のリーベルマン社のカタログなどには「スペースドゥエラー」の記載はあったのか気になります。
続きはこちらから
http://watch-monster.com/articles/kodxr
#ZENMAIのココ東京








日本に
正式に輸入され始めたのは1985年か1986年
1980年におおやけのロレックス日本法人は登記されはしたけれど。
本格的にディーラー活動がマトモに機能し日本法人向けモデルが割り当てられたのが上記した時期だから
それ以前は、主に他の仕向地用のものが並行輸入と変わらない形で入って来ていました。
1990年代も1997年頃までは新品のほとんどが日本ロレックスを通さず並行輸入の球数のほうが多かったほどです。
アニメルパン三世で、
次元大介が着用の、フチなし太めのインデックスモデルのサブマリーナは1980年代のもの。
この事でわかる通り
ロレックスの知名度が日本で普及しはじめたのは1980年代半ば以降で
それまでほぼ日本では無名のメーカーでした。
なぜ日本市場に
正規輸入の6694(1960年代と1970年代の代表作)をはじめ、過去作がほぼ無いのかはこれが理由です。
シーマ(タバン/タバネス)
ラドー
ウォルサム
のように戦後まもない頃から日本に重点的に展開をして舶来品の称号を持っていたメーカーたちもありますが
ロレックスに関しては米国仕様と香港仕様がそれぞれのルートを辿り日本の輸入代理店へ回されていた感じ だと考えてもらえればギャランティーカードが他国仕様なのが理解できるとおもいますが…
1953年頃登場のサブマリーナ、エクスプローラーの日本での展開は1980年以前は無いと思っていただいて良いと思います。
えふびーさん>コメントありがとうございます。詳しい情報もたいへん勉強になります。私が社会人になった98年でもまだロレックスを買った同僚などおらず、私も買い方がわからなかったです(笑)結果、香港経由の並行品をさくらやウォッチ館で買いました。90年代のスタンプは香港のものが本当に多いですね。過去に数度70年代の「ロレックス時計会社」なる保証書を見たことがあります。